- 2011/04/01 19:10
- Posted by : キョン
金曜日の夜。
つまりは愛をぶつけるのに最適な決戦の金曜日であり、浮かれて踊るためのフライデーナイトフィーバー。SOS団の連中と別れたあと、いったん家に帰宅して軽く身支度を整え、俺はもう一つの我が家である古泉一樹宅の眼前にたどり着いた。
いつもならインターホンを押して、ただいまの一連の儀式を行うわけだが、たまにはコレを使ってみてもいいかもしれない。俺・究極のアイテム、『合い鍵』を。いつもポケットに忍ばせているそれを握り、感触を確かめる。
ここだけの話、キーホルダーは俺と古泉でお揃いにしている。不格好なタコのマスコットだ。古泉が土産屋で選んだ。ペアリングもお揃いの携帯ストラップも今はまだ買わずに我慢しているのだから、それくらいはいいだろう。
今まで合い鍵を使ったのは、数えるほどしかない。古泉の帰りが遅いと分かりきっていて、『先に部屋に入っていてください』と家主からメールを受け取っているときくらいだ。
うむ。せっかくの年に一度の全国一斉四月馬鹿デーなのだから、たまには忍び足で侵入して、びっくりさせてやってもいいかもしれない。
つまりは愛をぶつけるのに最適な決戦の金曜日であり、浮かれて踊るためのフライデーナイトフィーバー。SOS団の連中と別れたあと、いったん家に帰宅して軽く身支度を整え、俺はもう一つの我が家である古泉一樹宅の眼前にたどり着いた。
いつもならインターホンを押して、ただいまの一連の儀式を行うわけだが、たまにはコレを使ってみてもいいかもしれない。俺・究極のアイテム、『合い鍵』を。いつもポケットに忍ばせているそれを握り、感触を確かめる。
ここだけの話、キーホルダーは俺と古泉でお揃いにしている。不格好なタコのマスコットだ。古泉が土産屋で選んだ。ペアリングもお揃いの携帯ストラップも今はまだ買わずに我慢しているのだから、それくらいはいいだろう。
今まで合い鍵を使ったのは、数えるほどしかない。古泉の帰りが遅いと分かりきっていて、『先に部屋に入っていてください』と家主からメールを受け取っているときくらいだ。
うむ。せっかくの年に一度の全国一斉四月馬鹿デーなのだから、たまには忍び足で侵入して、びっくりさせてやってもいいかもしれない。
留守か、と思うほどに玄関は暗く、静まり返っていた。明かりに吸い寄せられるように、差し足で狭い廊下を移動する。廊下とリビングをつなぐ、半分開いたままのドアに、するりと身体を滑らせる。
人ひとりがインターホンも鳴らさずに侵入してきたというのに、驚くことに古泉は無反応で、俺の登場にまったく気づいていなかった。
おいおい、不用心すぎるだろう。だいじょうぶなのか、こいつ。古泉はしっかり者のようでうっかり者で、泥棒に入られても気づかず、隣で火事が起きてもぐうぐう寝ているタイプなのか? おちおち安心できない。やっぱり俺が早くここに住むべきだな……。
古泉は制服のままソファに腰を下ろし、熱心になにか見つめていた。
よく見ると、携帯型ゲームのニンテントーDSのようだ。その瞳は、対戦格闘ゲームに興じる小学生のように真剣そのものだった。
アナログゲームならともかく、こういった流行のゲームに興じている古泉を目撃するのは珍しい。
一体、おまえはなんのゲームソフトをプレーしているんだ、古泉……?
音をたてないように靴下を絨毯に同化させて、じりじりと背後へ距離を詰めていく。
驚かせようとした俺だが、逆にこっちがぶったまげるような画像が、小さな液晶画面には広がっていた。
「なんじゃこりゃああ――――!!!」
「うわあ――――――!」
* * *
……数分後。
ニンテントーDSに対応しているが、一般流通市場に乗っていないごくごく個人的な、趣味の範囲で制作されたゲームソフト。タイトルを口にするのも恐ろしい、そのパッケージをテーブルの中央に据えて、俺と古泉は真顔で向かい合っていた。家族会議である。
「長門か、また、長門なのか」
「ええ。長門さんはもちろんのこと、今回は朝比奈さんも協力されているそうですよ……笑顔で渡されてしまいました。その、なんと説明したものか…………。平たく言うと、あなたと一緒に過ごせない平日の夜に、僕が寂しくないようにと、わざわざ作ってくださったそうです」
首筋をくすぐられているように落ち着きなく、古泉は首をすぼめながら告げた。
古泉のためというのは大義名分で、単に長門は思いつきのネタを無理矢理に実現させちまっただけのような気もするが……。
長門は去年の前例があるので、もう驚かない。しかし、その制作作業を朝比奈さんも手伝ったという事実に動揺を隠せなかった。おそらく俺の恥ずかしいあんなセリフやこんなセリフ、そんな表情やあれなしぐさなんかが完璧に再現されているのではなかろうか。
「ところで、さっき、ずいぶんと夢中になってたようだな、古泉。そんなにそれ面白い内容だったのか?」
「……試しにあなたもプレイしてみますか?」
「勘弁してくれ、恥ずかしくていたたまれない!」
俺は沸騰しそうな頭を抱える。己を落ち着かせるために、しばしその場にだるまのように丸くなって寝転がった。ごろごろと寝返りを打ってから、がばりと身を起こし、じっと古泉の目を見つめた。
「で? どうだった?」
「ええ、正直に申しまして……そうですね。なかなかよくできていて、つい熱中してしまいましたよ……」
「古泉」
「はい?」
テーブルに着いた肘を滑らせ、古泉に詰め寄った。
「ここに本物の俺がいるだろう! ゲームの俺じゃなくて、この俺といちゃいちゃしろおおおおっ!」
「なっ……」
面白いくらいに古泉の顔が一気に薄紅色に染まった。勢いに圧倒されて背中を反り気味にする古泉。俺はすぐさまテーブルを脇に片付け、ひと思いに目標に飛びかかった。
ひゃあ、と腕の中で古泉が声を上げる。こんどはふたりして塊になって、どんぐりみたいにカーペットを敷いた床をころころと転がった。
「……もう、そんなにムキにならなくても……ゲーム相手に」
「ゲームだろうとなんだろうと、ライバルに対してはムキになるさ。いいか古泉、俺がおまえの一番だ!」
「……わかっていますよ、ちゃんと」
困った人ですね、という風に、くつくつと微苦笑する古泉。
こうして隣り合って笑い合えば、ちょっとした不機嫌なんて一瞬で彼方へ飛んでいく。
「俺が24時間、一緒にいてやるからな」
*
*
*
――とはいえ。
あとからじわじわと追いかけ回されるようにゲームの内容が気になってきて、夕飯を食い終わったあとに我慢できなくなった。
というわけで、古泉に付き合ってもらい、俺はおっかなびっくり『キョンプラス』に手をしたわけだが……その詳細は、ここでは語らないことにする。
来年に………続かない!
人ひとりがインターホンも鳴らさずに侵入してきたというのに、驚くことに古泉は無反応で、俺の登場にまったく気づいていなかった。
おいおい、不用心すぎるだろう。だいじょうぶなのか、こいつ。古泉はしっかり者のようでうっかり者で、泥棒に入られても気づかず、隣で火事が起きてもぐうぐう寝ているタイプなのか? おちおち安心できない。やっぱり俺が早くここに住むべきだな……。
古泉は制服のままソファに腰を下ろし、熱心になにか見つめていた。
よく見ると、携帯型ゲームのニンテントーDSのようだ。その瞳は、対戦格闘ゲームに興じる小学生のように真剣そのものだった。
アナログゲームならともかく、こういった流行のゲームに興じている古泉を目撃するのは珍しい。
一体、おまえはなんのゲームソフトをプレーしているんだ、古泉……?
音をたてないように靴下を絨毯に同化させて、じりじりと背後へ距離を詰めていく。
驚かせようとした俺だが、逆にこっちがぶったまげるような画像が、小さな液晶画面には広がっていた。
「なんじゃこりゃああ――――!!!」
「うわあ――――――!」
* * *
……数分後。
ニンテントーDSに対応しているが、一般流通市場に乗っていないごくごく個人的な、趣味の範囲で制作されたゲームソフト。タイトルを口にするのも恐ろしい、そのパッケージをテーブルの中央に据えて、俺と古泉は真顔で向かい合っていた。家族会議である。
「長門か、また、長門なのか」
「ええ。長門さんはもちろんのこと、今回は朝比奈さんも協力されているそうですよ……笑顔で渡されてしまいました。その、なんと説明したものか…………。平たく言うと、あなたと一緒に過ごせない平日の夜に、僕が寂しくないようにと、わざわざ作ってくださったそうです」
首筋をくすぐられているように落ち着きなく、古泉は首をすぼめながら告げた。
古泉のためというのは大義名分で、単に長門は思いつきのネタを無理矢理に実現させちまっただけのような気もするが……。
長門は去年の前例があるので、もう驚かない。しかし、その制作作業を朝比奈さんも手伝ったという事実に動揺を隠せなかった。おそらく俺の恥ずかしいあんなセリフやこんなセリフ、そんな表情やあれなしぐさなんかが完璧に再現されているのではなかろうか。
「ところで、さっき、ずいぶんと夢中になってたようだな、古泉。そんなにそれ面白い内容だったのか?」
「……試しにあなたもプレイしてみますか?」
「勘弁してくれ、恥ずかしくていたたまれない!」
俺は沸騰しそうな頭を抱える。己を落ち着かせるために、しばしその場にだるまのように丸くなって寝転がった。ごろごろと寝返りを打ってから、がばりと身を起こし、じっと古泉の目を見つめた。
「で? どうだった?」
「ええ、正直に申しまして……そうですね。なかなかよくできていて、つい熱中してしまいましたよ……」
「古泉」
「はい?」
テーブルに着いた肘を滑らせ、古泉に詰め寄った。
「ここに本物の俺がいるだろう! ゲームの俺じゃなくて、この俺といちゃいちゃしろおおおおっ!」
「なっ……」
面白いくらいに古泉の顔が一気に薄紅色に染まった。勢いに圧倒されて背中を反り気味にする古泉。俺はすぐさまテーブルを脇に片付け、ひと思いに目標に飛びかかった。
ひゃあ、と腕の中で古泉が声を上げる。こんどはふたりして塊になって、どんぐりみたいにカーペットを敷いた床をころころと転がった。
「……もう、そんなにムキにならなくても……ゲーム相手に」
「ゲームだろうとなんだろうと、ライバルに対してはムキになるさ。いいか古泉、俺がおまえの一番だ!」
「……わかっていますよ、ちゃんと」
困った人ですね、という風に、くつくつと微苦笑する古泉。
こうして隣り合って笑い合えば、ちょっとした不機嫌なんて一瞬で彼方へ飛んでいく。
「俺が24時間、一緒にいてやるからな」
*
*
*
――とはいえ。
あとからじわじわと追いかけ回されるようにゲームの内容が気になってきて、夕飯を食い終わったあとに我慢できなくなった。
というわけで、古泉に付き合ってもらい、俺はおっかなびっくり『キョンプラス』に手をしたわけだが……その詳細は、ここでは語らないことにする。
来年に………続かない!
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