夕焼けタンデム
「二人乗り自体は構いませんけど…、この背中合わせの体勢って危ないと思いますが」「うるせー。オセロもチェスも将棋も惨敗したやつは俺に従うまでだ!」
「…はいはい。あなたって僕と二人きりになるとだいぶ俺様になりますよね」
「それ言ったらお前だって俺と二人きりのときはだいぶ生意気だよな」
「僕はいつだってあなたのしもべですよー。ほら、漕ぎますからちゃんと乗ってください」
「だから今日はこの体勢で良いんだって。ほら行くんだ古泉号!」
「もー、落ちたって知りませんからね!」
よいせと古泉が似合わない掛け声を出しながらペダルを踏み込んだのが分かった。
なんつーか、古泉の腰に手を回すなんてどこか気恥ずかしくて、意地を張ってこうなった。たぶん古泉もそれが分かってる。だけどお互いに言わない。
本当に二人きりの時だけに見られるようになった古泉の別の姿。
俺はその姿が愛しくて嬉しい。
今はもう少しだけこの時間を大切にしたい。どうでもいいことを言い合って怒って笑ってそういう当たり前のような時間。でも俺たちにとってはこの時間が何よりも貴重なものに思えてくる。
「古泉ー」
「なんですかー。疲れるのであんまり話しかけないでくださーい」
ギシギシとペダルを漕ぎながらそう答える古泉。
言葉は辛辣でも少しも嫌そうじゃない。むしろ楽しそうだ。だから、
「こういうのも、楽しいよな」
素直な感想を言った。
「そうですね…楽しいな…」
ふふっと笑ったのが背中越しに伝わって俺も思わず笑った。
今はまだ、こうしていよう。
文:なつを様